屋根にこだわる
■ 日本建築の美は屋根にあり
伝統的日本建築の美しさは、いうまでもなく屋根の形にあります。建物の半分を占める大屋根を支える小屋組み、深い軒先を支える軒下の構造など、 ディテールにまで気を配りました。大工の腕は屋根を魅せる事にあったといっても言い過ぎではありません。それほど屋根は重要な構造物でした。 それは、日本が雨の多い気候だからです。主な屋根の材料としては瓦屋根か茅葺屋根でした。いずれも屋根勾配が必要です。瓦では最低4寸勾配(約22度)以上です。 茅葺はさらに急角度。角度がゆるいと雨漏りします。こうしたことから軒から棟まで高さが生まれます。屋根が大きくなる所以です。銅板のような金属板が現れて、勾配がゆるくなりました。 屋根は小さくなりましたが、それでも数奇屋建築のように屋根を重ね合わせて大きくみせ、美しくたたずんでいます。こうして日本建築は屋根にとことんこだわってきました。
■ 大工の基本は矩計(カナバカリ)にあり
大工が持つ一本の棒には、何本もの水平の墨がうたれていて、これを矩計棒と呼び、土台、床、2階桁、2階床、軒桁、小屋桁、棟に到るまで、 高さの情報が集約されています。これをあてながら、建前までの柱や梁の加工をします。このことを「キザミ」といい、上棟まで臨みます。昨今はプレカットで機械任せ、矩計棒をめっきり見なくなりました。 設計図にも矩計図(カナバカリズ)があり、図面の中でも最重要な図面であり、習いたての設計者では書けない代物です。 各部分の詳細な高さを示し、基礎から屋根までの空間情報、収まり情報、仕上げ情報、屋根の形、軒先に到るまで、設計者の意図を詳細に伝えます。 矩計図を見れば、その設計者の技量がわかると言われます。この矩計にこそ、屋根との深いかかわりがあると、私は考えています。
■ 図面は矩計からはじめろ
工学院大学に「武藤 章」教授がいました。フィンランドの生んだ巨匠、アルヴァ・アアルトを日本に紹介された方で、有機的建築を実践された方です。残念ながら私が大学在学中に、 病気でなくなられました。その後氏が残した「有機的構成へ」の作品集は、私のバイブルです。その武藤先生は、最初に矩計図を書いたそうです。頭の中で平面構成、断面構成、空間構成が構築されて、 イザ紙に書き出す時は、矩計となって現れたそうです。描き終えて椅子の上に立ち、机の上の図面を眺めたと伝わっています。 この話を聞いた私は、相当技量が無ければできない芸当だと思うと同時に、空間を捕らる方法を教えられた気がしました。つまり、すべての図面を同時に考え付き、行きつ戻りつして初めて解答を得られるという事だと思いました。
■ 屋根伏図からはじめよう
まだ技量も無い私にとって、この方法は至難の業でした。そこで、もう少し方法がないものかと考え、屋根伏図(屋根の形を上から見た図)から考えようとしました。 屋根を考えるということは、空間を作る作業でもありました。最初に話したように、日本の屋根は角度があり、その姿と内部空間は一体です。平面図以上に空間に立体的要素を与えました。 こうした作業を繰り返し、日本建築の美しさを追及してきたつもりです。そして昨今、屋根が様変わりしています。耐震の事もあり重い瓦は敬遠され、金属や防水の性能が上がり、 勾配が少なくても可能な屋根が出現しました。設計の自由度は増しましたが、空間構成を深く考察する姿勢が薄れてしまった気もします。
■ 原点を忘れずに
CADが当たり前になり、手を動かすのではなく、マウスを持つ世界になりました。こうした危機感から、最近の設計手法として、模型から始めています。あえて、スケッチも描かないで、頭の中と模型を行きつ戻りつしています。積極的に手を動かすことで、 イメージを形に現します。この手法は意外な視点を私に与えました。屋根の形を意識させたのです。あらためて家の形に屋根が深くかかわることを、より身近に感じられるようになりました。 そして豊かな空間構成を発想する技量を保つには、屋根にこだわり続けるつもりです。


