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有機的建築


 フランク・ロイド・ライトが自分の作品を「有機的建築」と定義づけ、自然と調和した形と精神を建築で示しました。「自然から学ぶ」ことで、自然と共存する建築が生まれました。フィンランドのアルヴァ・アアルトも有機的建築といわれています。この考えは、アントニオ・ガウディも同じです。 このように説明してみると、「自然との調和」なんだ日本の風土、木造建築のことじゃないのか?ともいえます。 そうです、日本人は古来より自然を崇拝し、感謝を込めて「自然から学ぶ」生き方をしてきました。もともと日本人には、有機的建築を理解できる土壌があるのです。 具体的にどうしたら有機的建築になるのでしょう。

 原題では、「organic architecture」といいます。Organic(オーガニック)は辞書で調べると、有機体、有機的な、器官の、根本的なといった意味が書かれています。地球上にみられる植物や動物の形は、生物が種として生き延び繁栄するために、長い年月を経て進化してきました。現在見られる構造や仕組みは、今の環境にあった合理的なものです。(昨今の環境破壊がそれを壊しています)自然界の形状は、無駄のない単純な美しさがあります。生命の最も根本的な次世代につなげるための構造であり、機能とデザインの一致した美しさがあります。

 このような自然界から学び、建物が全体と関連してデザインされ統一感をもっている物を有機的建築と考えています。建物全体が一つの生命体のように機能を持ち精神を持っています。しかし、有機的建築を信条としていると宣言しているものの、具体的な方法論は答えられません。 いまだ、霧の中です。私にとって雲をつかむような話しです。 一生をかけて自身に問いかけるテーマであることは確かです。

■ 環境に合わせた建築

 具体的に建築における環境はどのようなものでしょうか。一番にあげられるのは敷地形状です。そして風の向き、光の方向でしょう。そして高低差や隣近所の建物の位置、街全体の印象、地域の風習などです。こうした様々な環境がその敷地の周りに存在しています。そして住む人の性格や家族構成も立派な環境です。「機能とデザインの一致」とは気持ちのいい空間で使いやすい機能のことではないでしょうか。

■ 自然と触れ合う大切さ

 
 フランク・ロイド・ライトの落水荘が評価されたのは、滝を眺めるのではなく、滝の上に建てた事です。また、滝の上に建てるため、大胆なキャンティーレバーの構造となったのです。リビングから水辺に降りるガラス張りの階段があり、流れる水と触れ合うことができるように設計されています。まさしく自然と一体となった建築という印象を与えました。

 暖炉や波や清流を眺めていると、心が安らぎます。誰もが経験したことでしょう。それは絶えず変化する自然が飽きなくて、無の境地になるからじゃないでしょうか。火や水が、触れ合う距離にあることも重要です。波も遠くから見るのではなくて、波打ち際で波の音を聞くことで、気持ちが落ち着きます。大木の木陰に寝転がると気持ちいいですよね。木陰では風も身近に感じる気がします。波や清流を家に持ち込めなくても、木の木陰を作ることは可能です。家に植栽を植えるときは、触れ合うことを大事にしましょう。敷地の端に木を植えるのではなく、身近な中庭やテラスの中心に植えて、木漏れびや緑が風になびく音を楽しみましょう。自然を眺めるのではなく、触れ合う姿勢が有機的建築につながると思います。住む人も家も安らぎを求めています。

■ まじめな太陽光

 ちょっと視点を変えてみましょう。 私は、光や風が感じられる、温かみのある空間創りを心がけています。 光と風、ひとまとめにしてしまっていますが、別物だった事に最近気がつきました。「光」つまり太陽は、日本では東から昇って西に落ちます。気まぐれで、たまに北から南へ行く事なんて、絶対にありません。これは、太陽さんに聞きましたから、間違いありません。異論を言うのはバカボンのパパくらいです。 晴れた日に、その土地に一日いたら、太陽の動きがわかります。 季節での角度の違いはありますが、光が射す方向は、はじめてきた人でもわかります。それどころか、方位がわかれば、予想がつきます。これは幾何学です。数学みたいに絶対の答えがあるといって良いでしょう。毎日規則正しくやってきます。太陽は凄くまじめな人で信頼できます。

■ 気まぐれな風

 それでは「風」はどうでしょう? 風は大地を這うように流れてきます。ここでは、台風やジェット気流は除外してください。 この風は、地形に大きく影響されます。たとえば地元の富士市では、駿河湾と富士山の関係がはっきりした地形なので、規則的に海風が吹きます。こうしたわかりやすい所もありますが、海の上にあるお台場のように、ぐるぐる廻っている所もあります。「光」に比べたら気まぐれで、つかみどころがありません。 初めての土地に一日いただけでは、風をつかむことはできません。そうです、「風」って困ったやつなんです。だから気になっちゃうんですね。 わがままで奔放だけどたまに甘える女性に、男がコロっといってしまうのに似ています。ア、これはあくまでも友人のことですよ、アイツ見てるとさあ…  話を戻すと、自然環境、大地の鼓動をつたえてくれるのが、「風」のような気がします。このつかみ所のない風をつかまえる事で、有機的建築がなんなのか? 答えが見つかるかもしれないと、最近は思っています。